野口 五郎 アプリ。 特集ワイド:野口五郎さんがコロナ対策アプリ開発 歌いたいから安心な環境に

超「研究者肌」アイドルだった野口五郎が65歳に アプリ開発、論文執筆、さらにはゴルフの研究レポートまで…

✇ 災害時にも有効な、あるシステムを開発したというのだ。 その野口の活躍は本業にとどまらず、昨夏には、新型コロナウイルス対策のスマホアプリ「テイクアウトライフ」を開発して注目された。

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当時すでに自宅にスタジオをつくり、24時間音楽浸けの生活を送っていた。 テイクアウトライブは、DREAMS COME TRUEやAKB48などほかのアーティストのライブでも導入された。

野口五郎さんのコロナ接触通知アプリ

👏 彼は、歌できちんと思いを届けたいと追究していたところ、そもそもどうやったら届けられるのか気になり始めた。 心をコントロールするヒントを求めて、本を読み漁ったり、さまざまな人に相談したりもしたが一向に改善しない。 トップアイドルとして同年代の西城秀樹・郷ひろみとともに「新御三家」ともてはやされ、多忙をきわめていた頃だ。

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だが、CDが登場してデジタル化が進むなかで、コンテンツをつくるアーティストと、そのコンテンツを売ってビジネスをする人たちとがはっきり分かれ、後者がイニシアティブを握るようになる。 すでに野口自身のディナーショーのほか、飲食店、大相撲初場所でも導入されている。

特集ワイド:野口五郎さんがコロナ対策アプリ開発 歌いたいから安心な環境に

🤘 だが、CDが登場してデジタル化が進むなかで、コンテンツをつくるアーティストと、そのコンテンツを売ってビジネスをする人たちとがはっきり分かれ、後者がイニシアティブを握るようになる。 彼は、歌できちんと思いを届けたいと追究していたところ、そもそもどうやったら届けられるのか気になり始めた。

「それは苦しいですよ、だって歌手なんですから」。 自分で機材を操ってレコーディングするうちに、音響に興味を持った。

超「研究者肌」アイドルだった野口五郎が65歳に アプリ開発、論文執筆、さらにはゴルフの研究レポートまで…(文春オンライン)

😇 そのため健康を心配したスタッフにある朝、強引に車で連れて行かれたゴルフ場で、思いがけずナイスショットを出したことから、すっかりハマってしまったという。 ちょうど西城秀樹が亡くなって間もない時期で、父親もがんで亡くなっているだけに、告知を受けたときには落ち込んだ。 テイクアウトライブは、DREAMS COME TRUEやAKB48などほかのアーティストのライブでも導入された。

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当時すでに自宅にスタジオをつくり、24時間音楽浸けの生活を送っていた。

超「研究者肌」アイドルだった野口五郎が65歳に アプリ開発、論文執筆、さらにはゴルフの研究レポートまで… 2月23日は野口五郎の誕生日

⚓ 音楽業界の将来を憂慮し、もっとアーティストが適切な利益を得たうえで、ファンとのつながりも深められる方法はないかと模索するうち、ひらめいたのがテイクアウトライブのアイデアだった。 大の「ひと」は、さん。 高音は遠くまで届かずに落ちてしまうのに対し、低い振動はゆっくり遠くに届くという。

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昨年にはデビュー50周年を記念して、コブクロの小渕健太郎作詞・作曲によるシングル「光の道」と、往年のヒット曲のリメイクなどを収めたアルバム『Goro Noguchi Debut 50th Anniversary ~since1971~』をリリース。 歌手の野口五郎さん=幾島健太郎撮影 「私鉄沿線」など多くのヒット曲で知られる歌手、野口五郎さん(64)がコロナ禍の中、意外な活躍で話題になっている。

特集ワイド:野口五郎さんがコロナ対策アプリ開発 歌いたいから安心な環境に

🌏 過呼吸発作に苦しむ中で野口が考えたこととは…? そんな時期、ミュージカル出演中に過呼吸症候群で倒れてしまう。

野口はこうした状況に対し、不安を持ったという。

特集ワイド:野口五郎さんがコロナ対策アプリ開発 歌いたいから安心な環境に

😉 開発後、特許も取り、アプリはさまざまな方面で使われるようになったが、それでも野口の目的はビジネスではなく、《僕は歌手であるからこそ、このアプリを作りました。 その後、声が安定してから、1971年5月にようやくデビュー曲「博多みれん」をリリースするも、しばらくは鳴かず飛ばずで、売り込みのためドサ回りも経験した。

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音楽業界の将来を憂慮し、もっとアーティストが適切な利益を得たうえで、ファンとのつながりも深められる方法はないかと模索するうち、ひらめいたのがテイクアウトライブのアイデアだった。